at the last Scene

0 開幕の儀




風すらも凪いでいた。
時は静寂のみを刻み、辺りは薄暗く、剥き出しのまま冷ややかな空気をさらに冷やすような温もりのかけらも感じられない石の壁を、蝋燭の炎が照らしていた。
天井の高いがらんとした広い部屋には、厳かなまでに飾られた一角がある他、これといって目立つ物はない。
 背高くそそり立つ壁の、天井近くに開いた窓には闇を照らす唯一の輝き、冴え冴えと燃え立つ凛とした光りが覗き始めている。その光の筋のひとつに至るまでもが厳正かつ厳粛で、静寂に満ちていた。日常からは異なる空間が、ぽっかりと出現したような、空っぽな印象があった。
 円柱の並ぶ片壁のない長い廊下を、幾つもの靴音が高らかに鳴り響く。しかしそれらは耳に触る不快音ではなく、辺りの闇に飲まれては消えて行く冷静な歩みであった。
 月の明りが暗い廊下に影を落とす。
片壁にもたれるように伸びる七体の影は、黙々と目指す部屋へ向かう。
大きな扉はゆっくりと彼等を招き入れ、またゆっくりと閉じて行く。月の光がそれ専用に計られた窓から、時を告げる秒針のように次第に光の筋を延ばし始めた。
 時が近付いていく。七つの人影は、それぞれの場所へと立った。
 全ての目が扉を見ている。
 やがて訪れる、今宵の主役を待つ。
 特別な式典でもないかぎり使われることのない一室。特別な部屋。月の持つ時を使用する静かな空間。
 闇の中に聳える城は、闇よりもなお暗く月に影を落とし、その中に彼等を包んでいる。
 今宵、継承の儀が行われようとしていた。
闇神の儀。
闇の王のもと、カリュッセの地にてその継承は行われる。
七つの影は、闇神 光神 時神 風神 水神 炎神 そして地神の七神であった。
 正確には彼等のうち幾人かはまだその称号を確実なものにしていない。そのために時神は代理を立て、風神は本人ではあったが未称号のまま、次期風神として。地神においては時神と同じく代理を立てている。しかしどの人物もそれぞれの風格を持ち合わせた者達であることに間違いはない。
 殊に今宵は、闇の領地での闇神と光神のふたつの継承ということになる。この日のために光の領地ディクートより光の領分である光神と、炎神、そして時神の三神。さらにはディクートの王がこの闇の領地カリュッセに赴いている。
 正式な儀式のために、彼等は本来の姿でそれを待つ。立派な闇色の翼と、輝くばかりに白い純白の翼が向かい合い立ちはだかる。それぞれの翼とは多少異なる灰色の翼が、闇にも光にもその領分を持つ神の色が、彼等より少し離れた場所に佇む。
 もうあと僅かな時間内に、ふたつの領地にそれぞれの城を構える偉大なる人物が姿を見せるはずだった。
 が、その前に今宵の主役が現れた。
扉の向こうに、ふたりの人物が立っている。
 ひとりは雲の合間から下界に降り注ぐ、光のごとき金に似た輝きを放つ銀の髪を地に這わせ、落ち着いたきらめきの、静かなゴールデンブラウンの瞳に緊張の色を漂わせている。真っ白なローブに身を包み、緊張の面持ちのままに、それでも優雅な、滑るような足取りで七神の待つ部屋へ入り、膝を折り頭を垂れる。
さらにもうひとりがその後へと続く。
どこかに月の輝きを伺わせる黒の瞳。婀娜めく静けさを湛えた闇色の髪を背に垂らし、 まるで対の置物のように両脇に別れ、中央に道を開け跪く。
王を待つ姿勢が整った。
 あと僅か、月の秒針は微かなスピードで確実にその時を刻もうとしている。
部屋に月の光が満たされた時、ふたりの王はやってくる。そしてそれこそが継承の儀の開幕を知らせる全て。
 厳かに飾られた、継承の儀を執り行なうための一角に彼等が立つとき、特別な称号ラーの名を持つ十二人が並ぶ。彼等の視線が中央に集まった時、それは無言の開幕。
 張り詰めた空気がさらに緊張の糸をくまなく張り巡らされたその瞬間が、とうとうやって来た。
 蝋燭の炎がなんの前触れもなく、揺らいで消えた。
淡い冷たい光が部屋を満たしたその瞬間、扉は二つの人影を招くために開いていく。扉の大きさはこの瞬間を考え、作られたものだと理解できる。
それぞれの翼が触れぬように、彼等は同時にその第一歩を踏み込んだ。


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